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* 老いの日々の一コマ (A shot of one day for old man) *


   以下は、「文芸・広告広場」に掲載の「75年史」以降の退屈な日常とは少し異なる「それから」の出来事の覚えである。最近の研究で、良い思い出を記録することはそうでない場合に比べて有意な精神衛生上のプラス効果があることが分かってきた。このご利益を期待したいが、果たしてどうなることかは二の次にして、この先に振り返える機会があればその時の助けとして良きこと以外も少しは書き留めておきたい。




2024年1月

  • 新年の挨拶に訪れた子・孫たちと一緒にお祝いの箸を進めている最中、能登半島地震の揺れを感じた。
    その規模の大きさを想像して心配したが、果たして大規模惨事とわかり被災地への想いを馳せた。
  • 美木多神社に初詣出かけ家内安全・子孫繁栄を願った。
  • 住吉大社で昨年末に誕生の長男側の孫の初宮詣し孫の健やかな成長を願った。
    多くの参拝者の賑わいを目の当たりにして初春の喜びを共感した。

    2024年3月

  • 長男側の孫のお食い初めを両家の身内で祝った。ご多分に漏れず有難がるのは大人達だけでご当人自身はさぞかし迷惑なことかと気の毒がった(泉ヶ丘、梅の花)
  • 後期高齢者の仲間入りを無事(?)果たし、伴って、講習後に運転免許更新(3年間有効)ができた。今後ハンドルを握るときの自覚を再確認した。
  • 冬の落ち葉掻きの苦労を厭い、長年時を共にした栃の巨木の枝祓いを行った。この罰が当たったのか、右足小指の腱鞘炎に苦しむ数か月を送来る羽目になった。

    2024年5月

  • 長男側の孫の初節句を祝い、健やかな成長を願った。これまでの孫たちと同様、たった半年の間に表情やできるようになった仕草の多様化に驚くばかりであった。

    2024年7月

  • 手足に複数の発疹で皮膚科受診、「とびひ」と診断、引き続き「汗腺水疱」発症(8月5日診断結果)。その後も目の充血や目の周りのただれ、いぼ痔の悪化などの体調不良に悩まされ、これから先の不安を多少感じた。
  • パリ・オリンピックが開幕したが、さしたる共感や感動を覚えなくなっている自分を見つけた。
     
    2024年8月

  • 娘側の孫たちの合同誕生会に出席し、にぎやかで楽しい一日を送った。孫たちの無邪気にはしゃぐ様に接してはたして自身もこの時分は同様に心配事などなかったのであろうか。 
  • Web俳句投句サイト「てふてふ」に会員登録し、シーズン6で10月より定期的に活動を始め、順調(?)に級位を上げ、本年度末までに1級に昇格し、年末週で週間ランキング4位を獲得した。 翌シーズンも3月末までに前シーズンより資格基準が上がった1級まで昇格した。この時点でなぜか気力が失せてしまい以後、投句をしなくなった(作品は「文芸・広告広場」に)。

    2024年12月

  • 満一歳を迎えた長男側の孫の一升餅背負いと選び取りの行事を行った。ちなみに選び取りは農家が選ばれた。昨今の米の値段の上がり方に接しその先見の明に感心した(?)。

    2025年1月

  • 新年の挨拶に訪れた子・孫たちと一緒にお祝いの箸をとった。毎度のことながら賑やかで楽しい時間が過ごせた。
  • 堺市にある方違神社に妻と初詣に出かけ、家内安全・子孫繁栄を願った。由緒ある神社とゆうことであったが規模はこじんまりしていた。

    2025年2月

  • 高校時代の二人の友と久しぶりに大阪市内でランチ会食し近況等を話し合った。残念ながらお互い年を取ったせいなのか懐かしさだけで心沸き立つような話題は出なかった。

    2025年4月

  • 大阪関西万博開催されたが、期待感が湧かず、結局最後まで行かなかった。
  • 妻と松本市を訪れ共通の友人の夫婦と28年ぶりに再会を果たした。山好きの旦那お気に入りの自宅窓からの北アルプスの眺望は素敵であった。その日は、一緒に浅間温泉に泊まり酒を仲間にして旧交を温めた。 翌日、松本城天守に登り雄大な山並みを堪能した。帰路では上諏訪まで回り道して諏訪温泉宿でさらに一泊し、市内巡回バスで諏訪大社を訪れた。かっての寺社の配置図から全盛時の門前町の様子を忍び栄枯盛衰の現実を身に沁みて感じた。また祭りに使われた御柱も見つけ、上社で家内安全・子孫繁栄をお祈りした。さらにJR便の時間待ちで諏訪駅下がりの酒蔵通りで利き酒の余興も楽しんだ。(写真は「旅ゆけば」に)

    2025年8月

  • 娘側の孫たちの合同誕生会に出席し皆の成長を実感した。長男側一家も参加し、賑やかで楽しい一日を送った。


    2025年10月

  • 和歌山ー由良町・雑賀への1泊2日のドライブ旅に妻と出かけ、 白崎海岸、興国寺、雑賀埼海岸、紀三井寺、紀州東照宮などを訪れた(写真は「旅ゆけば」に)。 白崎海岸の規模の小ささや雑賀埼アマルフィの廃墟化感には少々期待外れであった。 一方、興国寺の由緒ある佇まいに打たれ、天狗堂の愛嬌ある天狗のお面に心和ませた。 また寺の山門までの長い階段に因んだ「かいだん」というレストランが近くにあることを漏れ聞こえてきた参拝者の雑談から知った。 さらに、紀州東照宮は本場の日光東照宮と較べるまでもないものの建物の彩の華やかさは同様であった。 また左甚五郎の彫刻もこじんまりであったが負けじと飾られていた。 最後に、前回から半世紀以上経て訪れた紀三井寺ではミニケーブルやエレベーターなど電化の恩恵を受け見晴らしの良い境内まで楽して進み、無事参拝できた。 その大光明殿で拝観した3体の重文仏像の凛とした立ち姿はさすがであった。また新しい大仏殿には金色の立派な大仏が鎮座されていた。 全体として、寺社の観光と海岸や雑賀埼灯台から眺望した太平洋の雄大で深い青さに加えて貸し切りであった漁師風宿での料理ともてなしに満足した旅であった。 また全行程一人でハンドルを握りきれたことも好印象の記憶となった。

    2026年1月

  • 本年も挨拶に訪れた子・孫たちと一緒に新年のお祝いの箸を取り皆の健康と安寧を願った。今年が自身は喜寿、妻は年女に当たることには敢えて言及しなかった。
  • 兼ねてより心残りになっていた『「最適化について」との関わりの我が軌跡ー最適制御問題を中心として』と題する技術科学エッセイ一報を完成させて本サイトに上梓した(「研究成果物」に)。ChatGPTにこの内容の評価を依頼したところ、総合評価で以下のような好返答をもらい苦労が報われた。 『本稿は、「日本の化学工学・最適制御研究の一世代を、個人史として自然に俯瞰できる希少な技術科学エッセイ」になっています。専門的深度を保ちつつ、用語解説の分離、AI(ChatGPT)との対話という「現代的要素」と数値実験という「手触り」をうまく組み合わせており、回顧録・技術史・実務的レビューの中間として非常にバランスが良いです。』
  • 初詣に地元の松尾寺に久しぶりに妻と参拝し、親族一同の健康と安寧を願った。時期が少し遅かったこともあり参拝者もなく静かなお参りができた。

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